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最高裁判所第三小法廷 昭和37年(オ)279号 判決 1963年2月19日

上告人 加納佐市

被上告人 富山地方法務局長

訴訟代理人 青木義人 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人北山八郎の上告理由第一点について。

論旨は、本件のごとく、登記官吏の過誤によつて現実に存在しない建物につき無権利者のために所有権保存登記がなされた場合、また未成年者を登記義務者とする建物の所有権移転登記の申請書にその登記原因たる売買そのものに対する親権者の同意を証する書面の添付がないのに、登記官吏においてこれを看過し所有権移転登記がなされた場合、利害関係人から異議の申立があれば、登記官吏は登記を抹消すべき義務があるというのである。

しかし、登記の申請が不動産登記法第四九条一号または二号以外の各号に該当する場合、登記官吏は決定をもつて当該申請を却下すべきではあるが、かかる申請も受理されて登記が完了したときは、同法一五二条の異議の方法によつて登記官吏にその登記の抹消を求めることが許されないのは、当裁判所の判例の趣旨とするところである(昭和三四年(オ)第七八八号、同三七年三月一六日第二小法廷判決、民集一六巻三号五六七頁参照)。しかして、不動産登記法四九条一号は「事件カ登記所ノ管轄ニ属セサルトキ」と規定し、同第二号は「事件力登記スヘキモノニ非サルトキ」と規定しているがここにいう「事件カ登記スヘキモノニ非サルトキ」とは、主として申請がその趣旨自体において法律上許容すべからざることの明らかな場合をいうのであつて(前掲判決参照)、所論の場合のごときは右の一号または二号のいずれにも該当しないと解すべきである。されば、論旨は理由なきに帰し、採るを得ない。

また、論旨は、原判決(その引用する第一審判決)に事実誤認の違法があると主張するのであるが、かかる主張は、上告適法の理由とはなり得ない。

同第二点について。

論旨は、原判決が本件訴は行政庁に対し処分行為を求める訴であつて司法権の限界を逸脱する不適法なものであるとしてこれを却下した第一審判決を是認したことが違法である、と主張する。

しかし、記録によれば、上告人は処分庁でなくして異議決定庁に過ぎない地方法務局長に対し登記官吏が本件建物についてした登記の抹消登記手続を求めるというのであるから、原判決が右訴を不適法として却下したことは違法ではない。それ故、論旨は、採用することができない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 五鬼上堅磐 河村又介 石坂修一 垂水克己 横田正俊)

上告代理人北山八郎の上告理由

第一点事実の誤認

一、原判決の事実及び理由説示によれば事実及び法律上の判断は第一審料決の理由の部に説示するところと同一であるからここに該摘示の事実及び理由をすべて引用するというにあり然れば(一)登記簿上別紙第一目録記載の物件は上告人の所有名義であつて、別紙第一目録記載の物件は訴外島田恒次郎(上告人妻の父親)の所有名義となつている。其故は登記簿上第一目録記載の物件が現存したに拘わらず登記官吏はこれを無視して第二目録記載の物件を訴外加納賢一(上告人同妻加納キミの長男)の名義に保存登記をし更に訴外島田恒次郎(未成年者加納賢一の祖父)の名義に売買による所有権移転登記をしたので同番地に第一、二目録記載の二物件が併存していることとなつたのである。現実には第二目録記載の物件は存在しないのである。然れば第二目録記載の物件は不動産登記法第六三条、第六四条等によつて登記官吏が更正登記をせなければならないのに拘わらず、これをなさざるにより止むなく上告人は同法第一五三条の異議の申立をしたのである。(二)第二目録記載の物件が訴外加納賢一から訴外島田恒次郎に売買によつて所有権の移転登記がなされたのは加納賢一が未成年者であつた昭和二十八年六月二十九日になされたもので同法第三五条第四号の登記申請に要する書面即ち加納賢一の両親である上告人及び訴外加納キミ(上告人妻)の同意書が提出せられなかつたのである。然れば同法第四九条第二号の事件が登記すべきものに非さるときに該当するのであるから申請を却下すべきものである。然るにこれを受理したのは違法の行為である。

以上の如く前述の(一)(二)の不存在なる建物の保存登記及び不備の由請を受理したることは違法なる行政処分であると云はねばならない。何れも登記官吏の錯誤又は遺瀾に基く違法の行政処分なるに拘らず原審判決はこれが事実を誤認した不法があるので破毀を免れざるものと思料する。

第二点擬律の錯誤

一、原判決の事実及び理由説示によれば事実及び法律上の判断は第一審判決の理由の部に説示するところと同一であるからここにに該摘示事実及び理由をすべて引用するというにあり、仍て第一審判決説示の理由によれば裁判所は行政庁のなした行政処分が法規に適合するか否かを審査判断し違法であるときはこれを取消すことはできるが行政庁に対して積極的に処分行為を命ずることは司法権の限界を超えるものとして法令に特別の規定がない限り許されないものと解するのを相当とするから本訴を不適法として却下するというにあれど行政事件訴訟特例法第一条に行政庁の違法な処分の取消又は変更に係る訴訟その他公法上の権利関係に関する訴訟についてはこの法律によるの外民事訴訟法の定めるところによると規定している。然れば本件は富山地方法務局がなしたる違法な所有権保存登記の抹消を求むるものであるから、不動産登記法第一四九条の違法な行政処分の取消又は変更を求むるものであるから司法権の限界を超えるものではない。憲法第七六条第二項に特別裁判所はこれを設置することができない行政機関は終審として裁判を行うことができないとの規定を設け行政事件訴訟特例法を設けて行政機関の上に裁判所を位せしめて行政庁の違法な処分の取消又は変更をすることができることになつたこと、即ち司法権が行政権に優位することを憲法が保障しているに拘はらずこれを卑下して原判決は憲法等の法令を曲解したるそしりを免れない。原審の判決がこの点に於て本訴請求を却下したることは擬律の錯誤があるから破毀を免れないものと思料する。

以上

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